Jounal: Practice

雪国で見つけた「文化の力」

2025.12.20

雪国観光圏は、16年間に渡って取り組んできた私のライフワークです。そこで多くの経験を積み重ねる中で、文化は未来を支える力になるということを実感してきました。文化は、過去の遺産ではなく、鉱脈であり、豊かな土壌です。N37の「文化を、未来の力に」というビジョンは、この実感から生まれています。

雪国観光圏では、さまざまな試行錯誤をしてきました。うまくいったこともありましたし、そうでないこともありました。いま振り返ってみると、うまくいった取り組みには、共通の構造があります。

その構造を整理したのが、文化の力フレームの「資源 × 作用 → 力」です。雪国観光圏のさまざまな取り組みを、このフレームを通して分析すると、資源と作用の掛け合わせのさまざまなパターンが見えてきます。

文化の力フレーム

雪国観光圏の実践

雪国観光圏の特徴をひと言でまとめるなら、「雪国文化」というコンセプトをもとに一貫したブランディングを続けてきたことだといえます。全国に11箇所ある観光圏の中でも、ブランドコンセプトを実践に落とし込む取り組みは高く評価され、2018年にジャパンツーリズムアワードの大賞にも輝きました。

以下に雪国観光圏の実践のなかで、私が関わったものをいくつかあげます。

  • 雪国という概念の刷新=ブランディング
    地元では使い古された印象で、郷愁のイメージも伴う「雪国」という言葉に、新しい意味を加えた。
  • ブランディングを継続する仕組み=ブランドワーキンググループ(WG)
    雪国観光圏の7つの観光協会のスタッフが参加するブランドWGで、フリーペーパー「雪と旅」の企画編集を定期的に行い、コンセプトを地域に浸透させた。
  • コンセプトを体感できる過ごし方
    体験を組み合わせるだけでなく、雪国の知恵というコンセプトを滞在プログラムに落とし込み、来訪者が感動や学びを得られる過ごし方をデザインした。
  • 欧米の観光潮流に接続するエコロッジ
    地域に根ざし、環境に配慮した旅館を「エコロッジ」という文脈で再定義し、欧米のツーリズム市場へ発信することで、地域の当たり前をグローバルな潮流に接続した。

文化の力フレームで実践を読み解く

続いて、上記の実践を文化の力フレームの「資源 × 作用 → 力」で分析します。

  • ブランディング
    雪国観光圏のブランディングは、「雪国」という言葉を、多雪という環境資源適応した知の力(雪国の知恵)として翻訳したと読み解けます。
  • ブランドWG
    ブランドWGは、環境資源(多雪)に適応した暮らしを翻訳し、共創(冊子の共同企画)を反復(WGの定期開催)することで、関係の力知の力を引き出しているといえます。
  • 過ごし方
    過ごし方は、雪国の暮らしを環境資源(多雪)への適応として読み替え、体験プログラムに翻訳し、来訪者に環境資源への適応という知の力(コンセプト)を体感してもらうことと読めます。
  • エコロッジ
    エコロッジは、歴史資源(旅館)を欧米の観光潮流に翻訳することで異和(ラグジュアリー市場との接続)を実現。環境資源 x 適応(雪の中の暮らし)から、知の力(ブランド)を引き出す取り組みだといえます。

観測からわかること

雪国の取り組みをたどっていくと、多雪という環境への適応を軸に文脈をつくり、そこで生まれる関係の力を育て、その経験を翻訳によって知の力へと結びつけてきた、という流れが見えてきます。

一方、エルメスや歌舞伎など、いわゆる成立期の文化を分析すると、環境・関係・技術・歴史・知といった異なる領域の力が、多層的に結びついているという共通点も見えてきます。

文化の力フレームで診断すると、雪国観光圏は、環境や関係、知といった領域では作用をはたらかせて密度(D)を高めてきたものの、技術や歴史の面ではまだポテンシャルを活かしきれていないこともわかります。また、関係と知、環境と知の領域は結びついている一方で、異なる領域どうしの結合度(C)は、成立期の文化と比べると、まだ発展途上だといえます。

文化を、未来の力に

雪国観光圏は、16年にわたる実践を積み重ねてきました。ブランディングの面では一定の評価をいただいていますが、客観的にどのレベルにあるのか、どこに伸びしろがあるのかは、これまでつかみにくいままでした。

しかし、文化の力フレームを通して雪国の取り組みを観測することで、

  • 何を強みとしてきたのか
  • どの領域にまだ眠っている資源があるのか
  • どの力どうしを、これから結び直していく必要があるのか

といった「現在地」と「これから」の方向が、具体的な構造として見えてきます。

文化において大事なのは、単一の物差しで優劣をつけることではなく、それぞれの場がどんな特異な力の重なり方をしているかを理解することです。文化の力フレームは、雪国観光圏のような一つの地域の内部構造を読み解くと同時に、他の地域や文化との違いを、多次元的な構造として比較するための道具でもあります。

雪国の実践で培ってきたこの方法を、これからは他の地域や領域にも広げていきたいと考えています。