一過性のキャンペーンではなく、持続するブランディングを実現する。
そのために雪国観光圏では、「ブランドワーキンググループ(以下、ブランドWG)」を設置しています。
ブランドWGは、関係者が定期的に集まり、ブランドを“回し続ける”ための仕組みです。役割は、雪国観光圏が定期発行しているフリーペーパー『雪と旅』の特集を考えることです。
『雪と旅』は、単なる観光ガイドブックではありません。独自の雪国文化を伝える「コンセプトブック」として位置づけています。ブランドWGは、毎号の編集会議を繰り返しながら、雪国観光圏のコンセプトに向き合い、来訪者への伝え方を試し続ける場になります。
ブランドWGには、続けるための“型”があります。
1号あたりの企画会議は基本的に3回構成です。最初に「なぜ(Why)」を共有し、次に「何を(What)」を決め、最後に「どう伝えるか(How)」を組み立てます。
企画や表現を考えるときは、どうしても「どう見せるか」から入りたくなります。具体的で考えやすいからです。ただ、そこから始めると、議論が好みの話になりやすい。
だからこそ、あえて最初に「なぜ」を考える。これがブランドWGのルールです。そうすると、その先で迷いが出たときに「そもそも」に戻って検討できます。議論の迷子が減ります。
私はブランドWGの座長をしていますが、そこで意識しているのはアイデアを出すことではありません。参加者の発言を促し、ときには脱線もしながら、一定の方向を見出す。そういう役割に徹しています。みんなが自分の言葉で考えて、決める。その積み重ねがあることで、コンセプトが次第に腹落ちしていくと考えています。
『雪と旅』には、紙面スペースとページ数の制約があります。特集は8〜10ページ。言いたいことがたくさん出てきたとしても、そのままでは誌面に収まりません。
だから毎回、話し合いをしながら優先順位をつけて削ぎ落とします。この「削らざるを得ない」設定が、表現を磨く圧力になります。ブランドWGは、「何を残すか」を決める場でもあります。
ここからは、実際にブランドWGの“型”が効いた局面を2つ紹介します。
2020年の春。コロナ禍が始まり、その影響がどこまで及ぶのか分からず、みんなが戦々恐々としていた時期です。正直なところ、私自身「いま観光のフリーペーパーを発行してもいいのだろうか」と迷いました。誘客はできません。そういう状況ではありませんでしたから。
そこで、夏号を考える最初の会議で、こう問いかけました。
「いま『雪と旅』を発行する意味は、なんだろうか?」
メンバーで話し合う中で、『雪と旅』は雪国観光圏のコンセプトを伝えるためのメディアなのだから、誘客を前提にしなくてもいいのではないか、という方向に議論が進みました。
そしてこの機会に、雪国観光圏は何のために活動しているのか。行政の枠を超えて「雪国」という言葉でつながっている意義は何か。そこを伝える特集にしよう、という方針で合意しました。
方針が決まってからは、企画はスムーズでした。雪国観光圏の主要な関係者にインタビューし、活動の意義やそれぞれの想いを語ってもらいました。
振り返ると、コロナ禍という逆境だったからこそ成立した企画だったと思います。
もうひとつは、「外からの反応」がきっかけになった局面です。
『雪と旅』では、毎号読者アンケートを取っています。コロナ禍での特集を考えるときに、読者の声を参考にしてみようということで、WGでアンケートに目を通しました。
すると、「温泉」の特集に期待する声が目につきました。ちょうど、長引くコロナ禍のストレス疲れが言われ始めた時期でもありましたので、癒しやリラックスを求める心情がそこに表れていたのだと思います。
ただ、状況的に「みんなで温泉へ」という雰囲気ではありません。観光統計などを見ると、一人旅のニーズが静かに高まっている、という情報も出てきていました。
そこでWGでは、状況を見据えながら「癒し」と「一人旅」を掛け合わせる方向で検討しました。その結果、「おひとり様のための湯治」というテーマにたどり着きます。最終的に「雪国プチ湯治」という特集として発行しました。
外からの評価や反応を議論のきっかけにして、次の企画を考える。フリーペーパーという具体的な成果物があるからこそ、そういう循環が生まれます。
ブランドWGがやっていることを、平易に言うならこうです。
コンセプトを言い換え、磨き上げ、繰り返す。
文化の力フレームでいえば、翻訳作用、研磨作用、反復作用です。
これによって、コンセプトが少しずつ関係者の中に浸透していきます。また、毎回一緒に企画することで、横のつながりも育っていきます。決して派手な変化ではありませんが、回を重ねるごとに「何を大事にするか」の基準もそろっていきます。
こうした小さな積み重ねが、地域にコンセプトを根づかせ、ブランディングの地力になっていく。私はそう考えています。