Journal: Concept

述語人材論v0.1:「誰がやるか」から「何を起こすか」へ

2025.12.20

述語人材論

v0.1 「誰がやるか」から「何を起こすか」へ | v0.2 設計者という視座

 

地域プロジェクトで「人がいない」という声をよく聞きます。しかし、本当に足りないのは人でしょうか。この記事では、人材の問題を「誰がやるか」ではなく「何が起きる条件を整えるか」という視点から考え直す仮説を提示します。

 

文化の力フレームは、地域や組織にある「見えない力」を読み解き、次の一手を考えるための枠組みです。ざっくり言えば、分析して現在地をつかみ、どの作用を増やすとよいか設計することができます。たとえば「共創作用が効きそうだ」「翻訳作用が必要だ」といった見立てを、構造として言えるようになります。

ただ、そこで壁にぶつかります。

その作用を、現場でどうやって起こすのか。どうやって続けるのか。「反復作用が必要だ」と分かった。では、誰が、何を、どうやって回すのか。

実践の手前で止まらないために、もう一つの仮説が必要ではないかと考えています。この記事は、その粗い見立てです。私たちは仮に、それを「述語人材論 v0.1」と呼んでおきます。

述語に注目すると、何が変わるのか

まず視点を、主語から述語へ移しましょう。

主語中心の見方では、まず「誰がやるか」が先に立ちます。すると「強い人を入れる」「適任者を探す」「研修で能力を上げる」という発想になりがちです。もちろんそれも必要ですが、現場が動かないとき、問題がそこにないこともあるのではないか。

述語中心の見方では、「この場で何が起きるか」というように発想が変わる。すると、誰がやるかよりも、作用が起きる条件を整えよう、という方向に関心が向かうのではないか。この発想の転換が、述語に注目する理由です。ここでいう「述語」とは、難しい話ではありません。ざっくり言えば「〜する」です。

「誰が」ではなく「何を起こすか」。その転換を起点にします。

述語人材は「個人」ではなく「役割」

述語人材という言葉を聞くと、なにか特殊な人物像を思い浮かべやすいかもしれません。ですが、ここではそう考えません。述語人材とは、特定の個人の資質ではなく、作用が起きるように「役割と条件」を設計する発想のことだ、と考えてみます。

言い換えるなら、述語人材はこういう問いを立てる人です。

  • 翻訳が起きるように、何を配置するか
  • 共創が起きるように、何を揃えるか
  • 反復が止まらないように、何を回すか
  • 迷いが磨きに変わるように、どんな基準を置くか

このとき重要なのは、人だけではありません。コンセプト、手順、成果物のような「人以外の要素」も、場の動きを押したり止めたりします。人と同じくらい、それらも“動かす側”として扱う。ここに、述語人材論の実践的なポイントがあります。

ブランドWGを「動かす側」で分解してみる

雪国観光圏のブランドWGを、ひとつのモデルとしてみてみましょう。ここでは、何が場を動かしたかに注目します。

テーマ(コンセプト)

コンセプトは、議論を「沿う/沿わない」に引き戻す軸になります。

また、コンセプトは抽象度が高くてそのままでは伝わりにくいので、伝えるためには、わかりやすい表現に変える=翻訳する必要が出てきます。

成果物(フリーペーパー)

フリーペーパーという成果物もまた、翻訳を要求します。読む人に届く表現に落とし込まないと「伝わらない」からです。「伝る」と「伝る」はたった一文字しか違いませんが、そこには大きな溝があります。その溝を埋めるのが翻訳です。

手順(why–what–how)

議論の順番をあらかじめ決めておく。最初にwhy(なぜそれをするのか)を考える。つまり、議論の基準を定める。そうすると、what(何を)やhow(どうやって)の議論で迷いが出ても、whyに照らして確かめることができます。そして、why-what-howと徐々に議論を具体に絞り込んでいくことで、スムーズに表現の研磨につながります。

座組(役割を揃える)

ここで大事なのは、個々人の能力というより「役割が揃うこと」です。たとえば、

  • 運営する役(回転軸)
  • 議論を回す役(回転を生む)
  • 地域の情報を入れる役(燃料を投下する)

役割が揃うと同時に、それぞれのモチベーションも考え合わせると、共創が起こりやすい場になります。

反復のエンジン(締切・編集・反応)

フリーペーパーという成果物があることで、締切・編集・反応の循環が生まれます。フリーペーパーは目に見える形で世に出ますので、読者や現場の反応が返ってきます。会議で誰が言ったか、誰の意見が通ったかよりも、良いものを作れるかどうかに、意識が向きます。

仮説:場は「能力」だけでなく「配分」で生まれる

ここまでを踏まえると、次の仮説が浮かんできます。

ファシリテーターの能力だけでなくて、コンセプト-手順-成果物-役割の配分によって、場の安定はかなり作れるのではないか。

もちろん、個人の影響がないわけではありませんが、場づくりを「能力の有無」に閉じてしまわないようにする。述語に注目するとは、能力から一歩離れて、条件の設計に視点を移すことではないか。

いったん一文に整理するとこうなります。

述語人材とは、特別な個人のことではなく、コンセプト・手順・成果物・座組も“動かす側”として設計し、翻訳・共創・反復・研磨が立ち上がる条件を整える発想である。

この仮説はまだ暫定です。ただ、実践フェーズで必ず出る「誰がやるのか」「どう続けるのか」という問いに対して、「能力」だけではない別の答え方を提供できるのではないか、と思っています。

 

※なお、ここでの述語人材論は、制度側の実務(議会対応や行政手続き)までを包含するものではありません。そこは適切な役割分担が必要です。今後は、事例を増やし、どの配置がどの作用を立ち上げやすいのかを比較しながら、この仮説を更新していきます。

参考文献
・福原義春/文化資本研究会『文化資本の経営』ニュ-ズピックス、2023年
・ブルーノ・ラトゥール『社会的なものを組み直す―アクターネットワーク理論入門』伊藤嘉隆訳、法政大学出版局、2019年

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