経済主導から文化主導の時代へ シリーズ
第1回:経済主導から文化主導の時代へ | 第2回:本記事 | 第3回〜第6回:準備中
「経済主導から文化主導の時代へ」では、単一の意味が駆動する経済から多様な文化へ、という見取り図を描きました。本記事では、宿泊施設とOTAという具体的な事象を通して、文化の時代の萌芽をみていきます。
Cultureの語源は、ラテン語のCultura、「耕す」。文化は大きいものですが、日々耕すものでもある。毎朝どの画面を開き、そこで何を基準に判断するか。その小さな積み重ねが文化を育てます。
宿にとっても、旅行者にとってもOTAは便利なツールです。しかしあまりにも便利であるがゆえに、その存在が強い影響力を持ちすぎていないでしょうか。
文化の力フレームの視点で見ると、OTAは少なくとも3つの「力」として機能しています。
環境の力としてのOTA。毎朝、天気予報より先にOTAの管理画面を開く。そこには予約状況、競合の価格、市場の動向が可視化されている。雪が積もれば除雪するように、その環境に適応し続ける。明日どう動くか、来月をどう読むか。判断の文脈そのものを、OTAが提供している。
技術の力としてのOTA。レベニューマネジメント、スコア最適化、写真映えを意識した盛り付け、レビューに応じたオペレーション改善。技術面の応答精度が高度になっている。あらゆるフィードバックに対して、迅速に、的確に応答する流れができている。
関係の力としてのOTA。口コミとスコアを介して、来訪者との関係が可視化される。返信を通じたやり取り、評価の蓄積による信頼形成。数値を介してではあるけれど、宿と来訪者のあいだに継続的なつながりが生まれている。
環境の力、技術の力、関係の力。OTAを通じて、この3つへの応答が高い精度で実現しています。しかし、それは何に対する応答なのか。

それは、経済という単一の基準に対する応答ではないでしょうか。
宿は本来、多様な環境(気候・地形・風土)、多様な技術(料理・建築・接客・工芸)、多様な関係(地域事業者・住民・来訪者・歴史的系譜)に囲まれています。そうした環境や関係の中で育まれた、宿ごとに異なる意味のネットワークがあるはずです。それが前の記事で言う文化の多様なありかたです。
ところがOTAが環境の力・技術の力・関係の力であるかのように作動することで、知らず知らずのうちに、経済という単一の基準への応答に従事させられてしまう。環境の力に見えたものは市場への適応であり、技術の力に見えたものは経済的最適化への応答であり、関係の力に見えたものは数字を介した関係です。
そこに力はある。しかしそれは、すべて同じプラットフォームを通じて生まれています。
OTAの力は、経済という単一の意味体系の中で完結しています。では、それとは別の意味体系を持つことはできるのか。
それを可能にするのが、コンセプトです。世界をどのように理解し、価値づけるかを支える思考の基盤。コンセプトを持つことは、判断基準を内在化するということです。そして、宿は自らの意味体系を通して、有効なツールとしてOTAを使う。
OTAを通して得た情報から、繁忙期のダイニングの混み具合が課題だと把握したとします。それに対してスタッフを増やすという判断があるでしょう。
しかし、「地域らしさを感じてもらう」というコンセプトの宿があったとするとどうなるか。同じような状況に対して、外食を推奨するという判断がありえます。なぜなら、それも「地域らしさを感じる」体験になるからです。もちろん万人に受け入れられるわけではないでしょうが、インバウンドや連泊のお客様は食事の選択肢が増えるとして喜ばれることもあるでしょう。地元の飲食店からも感謝される。
実は、これは私の想像ではなく、ryugonで伺った話をもとにしています。ryugonでは実際に、食事の選択肢のひとつとして外食を推奨していて、自社ウェブサイトで周囲の飲食店を紹介しています。
コンセプトは、宿側の判断を変える。しかしそれだけではありません。
ryugonは、リノベーション前は内廊下だった箇所を、「雪国を感じる」というコンセプトを体現するために外廊下に改装しました。当然、冬は寒い。ところが「寒い」というクレームはほぼないそうです。コンセプトの密度が高くなってくると、お客様の基準も変わる。そして、リノベーション以前は閑散期だった冬が、いまは人気のシーズンに変わってきています。
さらに象徴的な例があります。ある人から伺った話ですが、自然との共生を掲げるラグジュアリーホテルに宿泊した際、客室にヤモリがいたそうです。スタッフにそのことを伝えたところ、予想外の返答が返ってきた。「このホテルのテーマは自然との共生です。ヤモリが部屋にいることも体験として楽しんでください」。やや極端な例ですが、コンセプトの密度が極まると、通常ならクレームになる事象すら、体験の一部に変換されてしまう。
判断が単一の基準に依存する。これは宿に限った話ではありません。大学にとっての偏差値、企業にとっての時価総額。場所や歴史に紐づいた固有性があるはずなのに、単一の指標が前景を占めて見えなくなっている構造は、いたるところにあります。
しかし、文化という根っこに紐づいたコンセプトは、その構造を解除する鍵になると考えています。コンセプトがあることで、宿はOTAだけでなく、気候や地形、地域の人々との関係など、複数の接触面を通じて世界と向き合えるようになる。OTAが提供していた環境の力・技術の力・関係の力とは別の、宿固有の環境の力・技術の力・関係の力が見えてくる。これはOTAを否定する話ではなく、それだけが基準ではないということです。
単一の意味が駆動する経済から、環境や歴史に根ざした多様な文化へ。コンセプトを持つことで、宿はその移行の当事者になることができると思います。窓の外にある固有の環境に向き合った日々の小さな判断の積み重ねが、文化を育てていく。文化とはそういうものでもあると考えています。
第3回:準備中 | 地域のコンセプトとは何か